読書タイム
No.2
豊かさの条件

 書名:豊かさの条件
著者:暉峻淑子(てるおかいつこ)
出版社:岩波書店(岩波新書)
発行日:2003年5月
価格:740円+消費税
http://www.iwanami.co.jp/

前書のベストセラー「豊かさとは何か」は、1989年バブルの絶頂期に書かれ、
経済的には豊かになっているが、人々には豊かさの実感がなく、このままでは
だめになるという不安感があり、「きたりくる破局」を予感して、本当の豊かさを
模索していた時代に書かれたものです。そして本書は、景気のどん底でそのときと
同じかもっとひどい現状に対する「いたたまれなさ」から書かれたものです。

本書は以下のような構成になっています。

第1章 切り裂かれる労働と生活の世界
第2章 不安な社会に生きる子ども達
第3章 なぜ助け合うのか
第4章 NGOの活動と若者達
第5章 支えあう人間の歴史と理論
希望を拓くー終章に代えて

本書の「まえがき」には、著者の以下のような問題提起があります。
「戦後営々と築いてきた人権と民主主義の社会がまるごと悪いとでもいうように、
そしてそれが不況の原因だとでもいうように扱われている。そして差別をなくそう
とする平等への努力は嫌われ、競争社会の格差を広げることが社会の活性化だと
信じられている。あらゆるところで能力給や成果主義やエリート教育が幅をきかせ、
多数者の痛みの上に、少数者の勝利を勝ちとることが国際的な競争に勝つことだと
宣伝されている。(中略)
今、人間の生存と生活にとって、経済活動はなくてはならないものだが、経済の
ための人間生活になったとき、社会は方向感覚を失い内部から崩壊する。
アメリカ型グローバリゼーションの中で勝ち残ることが国家戦略になり、その
戦略にそって労働も教育も再編成されつつある。人間らしい平和と福祉を望む
声は、肩身のせまい願望となった。
しかし、人間性を押しつぶし、格差を広げる競争万能社会に対抗して「もう一つの
世界は可能だ」という市民の声が。いま世界に満ちあふれつつあるのもたしかだ。
これまでの成長型経済と、その枠組みのうえに癒着した財界と政治と官僚制しか
思い描けなかった私たちは、その破綻の結末を目の前に見て、今度こそ、人間に
とって真に豊かでいきいきとした社会をつくりたいと思うのだ。」

特に読んでみて圧巻なのは、客員教授として体験した「あくまで子どもたちが
中心」のドイツの学校教育の実態、それから自ら実践してきたセルビアでのNGO
活動と日本の青少年の交流です。単にセルビアの難民に支援物資を与えるだけで
なく、難民に仕事を教え、自立を支援して行く創意溢れる活動は感動的です。

そして、私が共感したのは、人間の共同、助け合いこそ社会発展に力であり、
競争と弱肉強食こそ人間社会の本質とする「社会ダーウィニズム」の誤りを、
クロポトキンやマルクスの著作、手紙などを引用し、みごとに論破していること
です。

著者は、「安心の支えなしには、人間社会は成り立たない。安心とは、互助的な
共同部分が社会の根をしっかり支え、私たちの社会が助け合える社会であること
を人々が信じていることではないだろうか。」と述べ、「社会の共用部分(税金、
社会保障、学校、保育所、病院など公共施設など、その他、広い意味で自然環境
なども)の充実、発展の中で、人々が、「おまかせ主義」ではなく、お互い主体的に
協力しあう社会こそ、現状の閉塞状況を打開できる力であるし、イラク反戦に
現れた世界の人々の巨大なうねりがそれを実証しつつあるとしています。

人間らしい生活やいきいきと働ける職場はどうあるべきか、現状打開の方向は
どこにあるのかを考える時、非常に示唆にとんだ好書です。ぜひご一読を。


著者紹介:暉峻淑子(てるおかいつこ)
1928年大阪府に生まれる
1963年法政大学大学院博士課程修了
専攻ー生活経済学
現在ー埼玉大学名誉教授
著書ー「豊かさとは何か」(岩波新書)
   「本当の豊かさとは」(岩波ブックレット)
   「ゆとりの経済」(東洋経済新報社)
    など多数
 

 
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