読書タイム
No.21

しがみつかない生き方 「ふつうの幸せ」を手に入れる10のルール


しがみつかない生き方書名  : しがみつかない生き方 「ふつうの幸せ」を手に入れる10のルール

著者  : 香山リカ

出版社 : 冬幻舎新書

発行日 : <第1刷>2009年7月30日

       <第7刷>2009年9月5日

価格   : 740円+消費税

頁数   : 204頁

 

 

【はじめに】

 今年の夏、週間売り上げNo.1を記録したベストセラーです。著者の香山リカさんは1960年生まれで、

NEC社員の平均年齢と比べて少しお姉さんの世代にあたります。この本に限らず、主に若い世代向けに、

精神科医の臨床経験を生かした着眼点の鋭い書物をいくつも著しています。今回の本では、恋愛やお金、

仕事に名誉、それに自分の子供や生まれた意味まで、いろいろなものに”しがみつく生き方”を見直すこ

とで、幸福な心の状態に近づけると説きます。『しがみつく=執着が人を不幸にするだって?何を今さら。

そんなこと、お釈迦様は2600年も前からおっしゃっているぞ。』なんて言わないでください。それを現代

社会の実態にあわせて、具体的に分りやすく解説することに価値があるのですから。ちょっと今日は元気

が出ないなと思った方。体を休めるついでに是非とも手に取って読んでみてください。

 

【詳細】

2009年8月末の衆議院選挙で民主党が大勝して依頼、少しずつ世の中が変わろうとしているのを感

じます。この数年間で私たちが学んだのは、「今のままの日本では、たとえ景気が良くても人々はなかな

か幸せにはなれず、景気が悪化すればもっと不幸になる」という現実ではないでしょうか。そうした反省の

もとに、拝金主義や優勝劣敗といった既成の価値観も、少しずつ見直されつつあるように思えます。そん

な折、自らの心のありかたも見直して、なぜ幸福になれないのかを考えるうえで格好の書物がタイミング

良く登場しました。それがこの本です。

冒頭で著者は、「ふつうの幸せ」が手に入らなくなったと言います。それを簡単に要約すれば、安心とか

満足とかが得られない状態、言い換えると、将来に対する不安が消えなかったり、今の自分に常に不満

で自信が無かったりする状態と言えそうです。

一般に「傲慢」と「卑屈」は表裏一体だと言われます。一方で自信を無くして「うつ」状態になる人が増え

ていることと、他方で自信過剰で常に前向きっぽく見えるハイテンションな人が増えていることとは、きっと

ひとつの現象の裏と表なのだと思います。たぶん、自信過剰な人とっても、うつの人にとっても、それ得た

ことによって自信の源になるもの、あるいは得られなかったことで自信喪失の原因になるものとは同じな

のではないでしょうか。それがこの本の中で著者が例としてあげている恋愛、お金、仕事、子供、その他

なのでしょう。もう少し言えば、「自分を必要とする恋人のいる自分」、「すばらしい仕事をしている自分」、

「たくさんの仕事をこなせる有能な自分」、「たくさんお金をもうけられる自分」、「自己アピールが得意で、

自慢の種に事欠かない自分」、「立派な子供を育てた親である自分」、「子育てしながらも何かを成し遂げ

た自分」、「他人に迷惑をかけずに生きている自分」などの優れた自分像なのでしょう。そして、かくも私た

ちの自信を決定的にするこれら自分像をよく見ると、何か共通の傾向があるような気がしてきます。それ

は、他人から認められたり誰かから必要とされたりするために、「ある一定の基準」をクリアしている自分

の姿であるという点です。

では、もうひとつの”安心”についてはどうでしょうか。私たちの多くは、死ぬまで健康で憂いなく生きたい

と思っているのでしょう。しかし人間はどんなに頑張っていても、病気になることもあれば、事故に遭うこと

もあります。家族に支えられることもあれば、逆に家族を支えなければならない立場になることもあるで

しょう。天災や会社の倒産、生まれた環境や親兄弟との関係、社会環境などによっても大きく影響を受け

ます。そして、時とともに少しずつ老いて気力も体力も失っていきます。いろいろなものに助けられなけれ

ば生きていけないのが私たちですから、その助けが得られるかどうかは、安心できるかどうかと大きな関

係がありそうです。

さて、これまで”安心”と”満足(または自信)”を分けて話をしてきましたが、実はこの2つが密接に関係

しているのも、現代社会の特徴ではないでしょうか。安心して生きるためには、将来にわたって自分を助

けてくれる存在と自分とが切り離されないことを必要とします。そのためには、恋人や家族や子供から見

捨てられず、会社からはクビにならず、社会や共同体から排除されないことが非常に重要になるでしょう。

そして、これら助けてもらう相手から見捨てられないために、自分自身が見捨てられるべきではない存在

であることを客観的に示せる根拠がなくてはならないという強迫的な意識になっているのではないでしょう

か。その根拠を十分に持っていると感じられれば自信につながり、到底持てないと思えば「うつ」になると

も考えられます。

おそらく根底にあるのは、「努力もしないで生きていくことは許されない」、「生きるための手段は努力し

て勝ち取るべきものである」、「しかし生きる手段は全員が獲得できるものではない」といったような意識で

はないかと思います。言うなれば、生存をかけた椅子取りゲームのなかで、椅子に座るための努力が、

椅子に“しがみつく”ための努力が必要になっているのではないでしょうか。貧困と言うのは必ずしも欠乏

と同じではありません。生きていくのに必要な条件が多かったり、条件をクリアするのが困難であったり

すれば、これもまた貧しい状態だと言えるでしょう。

この本の長所のひとつは、著者が精神科医の診察経験から、努力しても結果の得られない人の存在

や、そもそも努力さえ出来ない人の存在にスポットをあてている所だと思います。そういう人達が世の中

には大勢いると言う現実を否認するのではなく、真正面から見つめることが大切でしょう。しかし著者の

懸念するように、弱者の存在が目に入らない人や想像できない人が増えていると言うのが、もし広く社会

全体に見られる現象であるならば、本来これは社会現象と呼ぶべきで、それを個人の心の持ち方だけで

変えようと考えることには限界があるし、正しくないと思います。しがみつきを助長する構造が社会の側に

無いのかどうか、著者には次回、是非とも語っていただきたいと思います。もっとも、自らのしがみつきの

心に気付き、そのルーツを辿ることで、何が自分にそうさせていたのかについて既に気づく事の出来た人

であれば、きっと各自なりの答えを見つけつつあるのではないかとも思います。

 

 

【著者紹介】

香山リカ(かやま・りか)

1960年札幌市生まれ。東京医科大学卒業。

精神科医。

立教大学現代心理学部映像身体学科教授

 

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