読書タイム
No.22

ルポ 貧困大国アメリカU


書名  : ルポ貧困大国アメリカU

著者  : 堤未果

出版社 : 岩波書店

発行日 : <第1刷>2010年1月20日

価格   : 720円+消費税

頁数   : 216頁

 

 

 

 

 

 

【はじめに】

 

本書は一昨年ベストセラーとなった「ルポ貧困大国アメリカ」(本コーナーNo.20でも紹介)の続編で

ある。ブッシュ政権の下で新自由主義路線を突っ走ってきたアメリカは、奇しくも前著の出版された2008

年1月から約半年後に、サブプライムローンの焦げ付きから大恐慌に突入した。100年に一度と言われ

た恐慌は、嫌が上でもアメリカ国民に既存路線の見直しを迫り、そして昨年、遂に初の黒人大統領である

オバマ大統領が誕生するに至った。では、その後のアメリカはどうなったのか。選挙前にオバマが掲げた

「Change」によって、かつての格差や貧困が是正されて、市民の生活は多少なりとも改善したのか。それ

とも・・・・。本書では、アメリカの現在をレポートすることで問題の本質がどこにあるのか我々に考えさせる

格好の題材を提供している。

 

 

【紹介文】

 

まず本書の第1章では、大学生の抱える重い学資ローンについて報告している。学資ローンとは、学

生が授業料その他の支払いをするために組むローン、つまり借金である。アメリカでは学生の多くは学

資ローンに頼っていると言われる。背景には、公教育予算の削減により、奨学金制度が縮小される一方

で、学費が高騰を続けている事情がある。こうして学生時代に数百万円の借金を抱えて卒業したものの、

借金を返せるだけの十分な賃金の得られる職に就くことが叶わず、ローンの金利の高さから借金地獄と

なり破産に至る者も多数居る。それでも他方で、大学を出ていなければマクドナルドの店員くらいしか就

職先が無いという実態があれば、借金をしてでも大学を出ようと多くの若者は考える。かくして教育ローン

会社が、大いに繁盛していく構造がある。

 第2章では、社会保障制度の破綻を扱っている。ここで例として上げられているのはGM(ゼネラルモ

ータース社)の企業年金である。かつてGMでは、退職後も手厚い年金と医療保険が保障されていたた

め、GMに勤めれば老後も安心と思われていた。ところが2009年の会社破綻によって、退職者の年金

は大幅にカットされ、医療保険は打ち切りとなった。GMの破綻した原因には、膨らみすぎた年金の負担

を指摘する見方もあるが、より重要なのは、GMのような保障を持っていた企業はアメリカではごく少数

で、大半の定年退職者は貯蓄も満足に無いのが普通であること、そしてそれ故に医療費も払えず、高齢

になっても働かざるを得ない状態にあることだろう。見方を変えれば、元GM社員もその仲間入りをした

に過ぎないと言える。企業頼みの社会保障の危うさがそこにある。

第3章で述べているのは、「医産複合体」の問題である。アメリカでは、医療費も医療保険料も、もの

すごく高価である。その背景には、医療保険会社や製薬会社など、医療の周辺で莫大な利益を上げる

産業の存在がある。

以上の3章は、前著でも触れられていた内容を更に追跡して詳しく論じたものである。しかし、本書で

最も衝撃的なのが最後の第4章である。この章では「刑務所という名の巨大労働市場」と題し、アメリカ

の中にアフリカにも負けないほどの究極の低賃金労働市場が存在する様子を伝えている。その労働力

を支えるのは囚人達である。アメリカ人である囚人は、第三国の労働者と違って英語の通じる優秀な労

働力である。この優れた労働力を時給わずか数十セントで供給する刑務所は、企業にとってとても魅力

的なアウトソース先である。アメリカの刑務所は、すでに犯罪者の教育・更正を目的とする機関では無く

なっているという。それどころか、今やホームレスと言うだけで違法化されたり、スリーストライク法(どん

な犯罪でも3回犯すと、3回目に犯した行為が何であるかに関わらず終身刑となる法律)の成立などの

厳罰化によって、刑務所の囚人数は増加を続けている。それはまるで、最低賃金をはるかに下回る超廉

価な労働力を合法的に確保するために、生活に窮した多くの人を、囚人と言う枠組みに強制的、恒久的

にはめ込もうとしているかの様だ。

結局のところ本書が伝えているのは、アメリカの本質が、サブプライムローンが破綻しようとも、オバマ

が大統領になろうとも、基本的に変わっていないのだという事ではないかと思う。よくアメリカは自由の国

だと言われる。しかし、人々が生きる手段からも自由=フリーであるとは、どんなに恐ろしいことか。生き

る手段を持たないが故に、それを獲得するために生きるエネルギーのすべてをつぎ込み続けなければな

らない者を嗤うかのように、その生殺与奪を握る者が、巨大な利益を上げて行く。

我々人間は皆、己自身が生き続けようとする意志の強力な束縛から自由ではない。その意味で、我々

は生まれながらに、極めて不自由な存在なのだ。なればこそ、この意志の束縛から少しでもフリーである

ために、生存のための条件が確保されている必要があるのではないか。社会保障や医療や福祉の充実

と言った生命線が確保されると同時に、基本的人権が守られることこそが、我々の自由にとって不可欠な

のだと、改めて確認したいと思う。

 

 

【著者紹介】

堤未果(つつみ・みか)

東京生まれ。

ニューヨーク州立大学国際関係論学科学士号取得。

ニューヨーク市立大学大学院国際関係論学科修士号取得。

国連婦人開発基金(UNIFEM)、アムネスティ・インターナショナル・NY支局員を経て、

米国野村證券に勤務中、9・11同時多発テロに遭遇、以後ジャーナリストとして活躍。

現在はNY−東京間を行き来しながら執筆、講演活動を行っている。

 

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