読書タイム
No.5
プロジェクトX リーダーたちの言葉

書名プロジェクトリーダーたちの言葉
著者:今井 彰(いまい・あきら)
出版社:文藝春秋
発行日:2001年8月10日 第1刷、 8月30日 第4刷
価格:1238円+消費税

いまや、知らない人はいないといわれるほどポピュラーな番組になったNHKの「プロジェクトX」。2005年1月18日の放送では、「魔法の糸にかける」と世界初の極細繊維開発にかけた男たちの物語を放送していました。

この本は、この番組の生みの親であるチーフプロデューサー 今井さんが制作してきた中の18本を「リーダーたちの言葉」としてまとめたものです。

今井さんは、この番組を立ち上げた動機として、別な場で「日本という国は中央に現れた政治的なスーパースターがぐいぐい引っ張ってきたものではなく、中小企業と地域とそこに働くサラリーマンたちが懸命に立ち上げてきた国だということです。日本人はどんな会社も、どんな地域も必ず未来に向かったいろんなテーマをもって、戦後の数十年間を生きてきたはずなんです。ところがこの10年間に限ってテーマがないんです。それは短期間に利益を出さなければならないという成果主義が企業、社会に蔓延しているからです。
テーマが見えなくなったとき、プロジェクトや組織がどうなっていくのかというと、そこに働く人にとって、自分は一体何のために働いているのかという、非常に大きな疑問を抱き始めた10年ではなかったかと思います。
この番組をはじめるとき、本来日本人が歩いてきた道、それから地域社会、中小企業、サラリーマン達がどういう風に戦いをしてきたのか、もう一回再確認をしてほしいという思いを込めました」といっています。

いばらの道のりを越えて、数々の偉業を成し遂げてきた名も無きリーダーたち。そのリーダたちの放つ言葉は、飾らず、計算せず、まさにプロジェクトを成功に導いた、だれもが心に響く言葉です。

思いは、かなう。 努力している人間を、運命は裏切らない。必ず道は開ける。

今井さんが、「はじめに」で紹介した、番組のテーマです。

本書の構成は以下のとおり

「おいみんな、北海道に行くぞ。ここが約束した北海道だぞ」
  「友の死を越えて−青函トンネル24年の大工事」 青函トンネル・総号令 大谷豊二の言葉

「一人の天才がいたって駄目だ。凡人でも力をあわせれば必ず成功できる」
  「世界を驚かせた一台の車−名社長と闘った若手技術者たち」 ホンダCVCC開発リーダ 久米是志の言葉

「男は一生に一度でいいから、子孫に自慢できるような仕事をすべきである」
  「巨大台風から日本を守れ−富士山頂・男たちは命をかけた」 富士山レーダの若き現場監督 伊藤庄助の言葉

「偉大なる人生とは何か、橋をつくることよりもっと難しい人生がある」
  「男たち不屈のドラマ 瀬戸大橋−世紀の難工事に挑む」 瀬戸大橋・坂出工事事務所長 杉田秀雄の言葉

「医者というのは、患者のためにいるわけで、医者としての地位や名誉などどうでもいいことです。大切なのは医者が患者から見捨てられないようにすることです」
  「奇跡の心臓手術に挑む−天才外科医の秘めた決意」 心臓外科医 須磨久善の言葉

「オール・フォー・ワン、ワン・フォー・オール。一人はみんなのために、みんなは一人のために」
  「ツッパリ生徒と泣き虫先生−伏見工業ラグビー部・日本一への挑戦」 伏見工業高校ラグビー部・総監督 山口良治の言葉

「北極でもうまい氷なら売れる。それをやるのが営業マンだ」
  「町工場 世界へ翔ぶ−トランジスタラジオ・営業マンの闘い」 ソニー・ヨーロッパ支配人 小松万豊の言葉

「まあ無我ですね。あとは真っ白です。突撃です」
  「厳冬 黒四ダムに挑む−断崖絶壁の輸送作戦」 黒四ダム・総監督 中村精の言葉

「部下がついてくるかどうかは、リーダが苦しんだ量に比例する」
  「ロータリ−47士の闘い−夢のエンジン・廃墟からの誕生」 ロータリーエンジン研究部部長 山本健一の言葉

「これまで三十数年間、一生懸命コツコツやってきた。その積み重ねが、あの一晩で出た」
  「全島一万人 史上最大の脱出作戦−三原山噴火・13時間のドラマ」 大島町役場助役 秋田壽の言葉

「とにかく、やってみなはれ。やる前から諦める奴は、一番つまらん人間だ」
  「極寒・南極越冬隊の奇跡−南極観測11人の男たち」 南極越冬隊隊長 西堀榮三郎の言葉

「絵心はあるか。飛行機は面白いんだ、のびのびやりなさい」
  「翼はよみがえった−YS-11・日本初の国産旅客機」 YS-11開発リーダー 土井武夫の言葉

「私らが漁師だからって、海のことだけ考えればいいということではなくて、山が荒れると海が荒れるんだということをね、四十年やって本当に頭の芯からそう思うんですよね」
  「えりも岬に春を呼べ−「砂漠」を森に・北の家族の半世紀」 襟裳岬・昆布漁師 飯田常雄の言葉

「木の癖組は人組なり。人組は人の癖組なり」
  「幻の金堂・ゼロからの挑戦ー薬師寺・鬼の名工と若者たち」 薬師寺金堂・棟梁 西岡常一の言葉

「夢中でしたね。夢中っていうのは大変すばらしいことです」
  「窓際族が世界標準を作った−VHS・執念の逆転劇」 ミスターVHS 高野鎭雄の言葉

「チームワークっていうのは、難しいんです。チームの中で、一人の技術が劣っていたら、それが上がった時にチームワークが生まれるんです。それが信頼に変わっていくんです」
  「炎上 男たちは飛び込んだ−ホテルニュージャパン・伝説の消防士たち」 特別救助隊隊長 高野甲子雄の言葉

「絶対いける、やれるんだって、震えを感じましたよね。からだ全体が」
  「女子ソフト銀 知られざる日々−不屈の闘い・リストラからの再起」 シドニー五輪女子ソフトボール監督 宇津木妙子の言葉

「愛でしょうね、仕事に対する。お金とか名誉とかってのは、あんまり考えないですね、われわれは」 
  「東京タワー・恋人たちの戦い−世界一のテレビ塔建設・333mの難工事」 東京タワー・鳶職 桐生五郎の言葉


読後の感想は、18編すべてが感動です。いくつかはテレビでも見ましたが、また文字を通して場面を描くのは、自分の創造も加わって、広がります。それぞれの紹介を書くとすれば、この本以上の厚さになりそうです。よってこの中からひとつだけあげてご紹介します。

「偉大なる人生とは何か、橋をつくることよりもっと難しい人生がある」

瀬戸大橋を作った瀬戸大橋・坂出工事事務所長 杉田秀雄の言葉です。
本四架橋工事の中で、道路だけでなく、在来線と新幹線の二つの鉄道を通す「併用橋」として世界最長の瀬戸大橋は、もっとも難工事だった。これを指揮したのが、杉田である。
前人未到の海中工事の施工計画立案、海中工事の経験がない若手の教育、工事の影響を恐れる地元漁民との交渉。このすべてを杉田は自ら先頭にたってすすめた。”所長は現場を誰よりも先に見る”自らの持論を実践した。地元漁民との交渉は500回にも及び、いつも杉田は単身でのぞんだ、相手の話をとことん聞き、知っている情報は隠さず、素直に話した。そういう中で、部下はもちろん、地元漁民たちからも惚れられた。
しかし猛烈に忙しい工事の中、杉田はもうひとつの壮絶な闘いをこなしていた。13歳年下の妻がガンを宣告され入院。杉田は毎晩、仕事を終えると妻の病室に泊り込み、点滴から下の世話までし、床にマットを敷き添い寝。朝は妻の洗濯物を家に持ち帰って洗い、子どもたちの食事の準備をし、新しい着替えを病院に届けてから出勤した。世紀の大工事と末期の病床の妻、二つの難問を前に、杉田は一切の弱みを見せず、果敢にしかも誠実に向き合い続けた。
瀬戸大橋の完成後、母校丸亀高校の講演で「橋を作る経験が人より余計にあったからといって、これは人生の価値とは全く別のことなんです。人生の価値とは何か、偉大なる人生とは、どんな人生を言うのか。これは非常に難しい問題なんです。瀬戸大橋を作るより、はるかに難しい問題です」
二つの壮絶な闘いを経験した杉田の人生の価値の重さを十分にあらわした言葉として、私は感銘を受けた。

丸亀中学校(現高校)で成績一番の杉田は学費の安い東京大学を得て、国鉄に入社。国鉄では難工事を手がけ、日本初の工法や技術調査に挑戦。その実力は国鉄内で知られていた。本四架橋建設にあたり、公団への出向でなく、移籍した。本四架橋工事が成功し、国鉄へ帰れば技師長にもなれたのに。である。ここに杉田の一本気と誠実さを感じる。まさに男に惚れられる男の中の男。「あんな男とは二度と巡り会えない」杉田と仕事をした男は、だれもがそう言う。

10年間現場所長を勤め上げた杉田は、東京の公団本社へ転勤、後半生を3人の娘に捧げた。
毎朝5時半に起き、ご飯を炊き、味噌汁を作った。妻の仏壇にお茶といっしょにご飯を供え、それから娘たちの弁当を作り、洗濯をし、3人を起こして朝飯を食べさせ、8時半に出勤した。帰宅途中に献立を考え買い物し、毎晩欠かさず夕食を作った。その後あとかたづけをし、洗濯物にアイロンをかけた。月曜日から土曜日まで睡眠時間は4時間。日曜日は午後2時まで死んだように寝た。

平成5年、杉田は最愛の娘たちに囲まれ、62歳でなくなった。瀬戸大橋と娘たちをその手で育て上げる、その複雑にして容易に完結できない人生二つの大仕事を、杉田はいつものように黙々とやり遂げ、忽然と去っていった。
これは、この章のまとめの部分だ、まさに偉大なる仕事を成し遂げながら、驕りもせず、出世の道を選択もせず、目の前にある身近な現実、子育てを当然のように受け入れ、やり遂げた一人の男の人生。そこに強烈に光るものを私は感じた。

あとは、ぜひ手にとって直に読んでいただくことをお勧めします。

また、このあと、続編である「プロジェクトX 新・リーダ−たちの言葉 ゼロからの大逆転」(2004年7月)が発刊されています。こちらもいっしょにお読みください。



[著者紹介]
今井 彰(いまいあきら)
1980年NHK入局。NHK教養番組部ディレクター、チーフプロデューサーを経て、現在NHK情報番組センター(経済・社会情報番組)エグゼクティブ・プロデューサー。
NHKスペシャル「タイス少佐の証言〜湾岸戦争45日間の記録〜」で文化庁芸術作品賞、NHKスペシャル「埋もれたエイズ報告」で日本ジャーナリズム会議本賞、放送文化基金奨励賞、「シリーズ弁護士・中坊公平」でギャラクシー優秀賞を受賞。その後も「史上最大の不良債権回収」「アジアの従軍慰安婦」「オウムがきた町」など、社会派ドキュメンタリーを数多く手がけ、2000年3月より、無名の日本人の闘いを伝える、「プロジェクトX〜挑戦者たち〜」(NHK総合・火曜日午後9時15分放送)のプロデューサー。同番組は、菊池寛賞、橋田賞、放送文化基金グループ部門賞、ATP特別賞などを受賞している。
 

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