雇用を守る日本と世界(1)

第一部、欧州から日本を見る

2000年1月3日「しんぶん赤旗」より転載


 ”ルールなき資本主義”とよばれ、日本の職場にリストラ・首切りのあらしが荒れ狂うなかで明けた二〇〇〇年。「産業再生」法を強行採決し、人減らしをすれば企業の税金をまけてやるという労働者いじめのリストラやり放題の日本政府。一方、同じリストラの波が押し寄せるヨーロッパでは、経営者の無法な解雇を法律できびしく制限し、労働時間短縮による雇用創出のとりくみがすすんでいます。欧州各国と日本の職場を訪ね、雇用を守る道を探ります。(雇用問題欧州取材団)

 解雇規制法、無法は通らない

 「たったいま、五十歳の労働者が元の職場への復帰をかちとったよ」。マンフレイト・フラウエンホーファーさん(47)は声をはずませて事務所に駆け込んできました。

 二百三十人の従業員を抱える企業が百人を削減するリストラ計画を発表し、解雇リストに載った三十年勤続五十歳の男性が裁判所に訴えたところ、「明らかに選択の誤り」との判決がでて、会社側の敗訴が確定したのでした。

ルールなき解雇無効

 フラウエンホーファーさんは、相棒のトーマス・ヘラーさん(38)とともにドイツ労働総同盟(DGB)ベルリン・ブランデンブルク本部の法規対策部で働いているスタッフです。

 「経営者は、長い間会社に尽くしてきた中高年労働者の首を切りたがるが、そうはいかない。だからといって、代わりに若い人が自動的に首になるのでもない。解雇は法律で制限され、社会を納得させる理由が必要なのです」

 ドイツでは長年にわたるたたかいの結果、解雇規制法など労働者の権利を守る法律ができました。事業所が従業員の採用や配転、解雇を実施する場合には従業員の代表機関である従業員評議会(注)の同意を得るなど、さまざまな制限を課しています。そのルールに従わない解雇は無効になるのです。

 二人が担当するベルリン、ブランデンブルク両州は、西ベルリン以外は旧東側に属していたこともあり、大量の失業をかかえています。いま失業率は一六・二%で、全国平均(一〇%)よりかなり高くなっています。組合員からの労働相談はひっきりなし。一年間で一万四千件に達し、四分の三は解雇問題です。

 労働事件を扱うドイツ最大のベルリン労働裁判所。原告の労働者と会社側の代理人の前に三人の裁判官が並びました。労資代表の裁判官に囲まれた黒い法衣姿の裁判長が雄弁に説得します。「どんな理由があろうと、この解雇は不当です。労働者側が上告したら絶対勝ちますよ」

 「私には解決する権限がない」といいわけする会社側代理人の弁護士。「だったら、経営者に電話すればいかがですか」と裁判長のことばに促され、たまらず席を立ちました。戻ってくると「和解に応じます」と告げました。

 勝利したアンドレアス・エスセルボーンさん(40)は高卒後、電気機械製造会社で二十三年間働いていました。顔を紅潮させて話します。

 「会社は従業員評議会が審査している途中で私を解雇しました。一方的で道理のないやり方はだめだと、思っていたことを裁判官がいってくれ、すごく気分がいい」

必要な社会的基準

 法律があるために労働者を簡単に首にできないことはドイツの財界も認めています。

 九九年十一月にボンからベルリンのシュプレー川のほとりに移転したばかりのドイツ経営者団体連合会(BDA)の新事務所。ドイツ財界の労務担当で、日本ではさしずめ日経連にあたります。BDA法律顧問のディーター・フランク・ウィンケ氏は「ドイツでは、労働者をなぜ解雇しなければならないか社会的選択基準を明らかにしないと裁判で撤回されてしまいます。倒産寸前や赤字をだして大変な状況でも(法の)拘束性があるのです」といいます。

 ドイツに進出する日本企業も戦々恐々です。国際商業都市として多くの日本企業が拠点をおくデュッセルドルフの日本商工会議所は、「ドイツにおける労働法実務上の諸問題」との小冊子を出して警告しています。「ドイツでは従業員を解雇すれば十中八、九は労働訴訟になる」「大量解雇をおこなうときは従業員評議会と合意が結ばれなければならない」とのべています。

 日本のある現地法人の管理職も「下手をすると不当解雇で訴えられ、大変な損害をこうむる。労資関係には細心の注意をはらっている」と語ります。ドイツでは解雇を通告された労働者が訴訟を起こすと、会社側はその間、雇用関係を継続しなければなりません。労働者は裁判での決着がつくまで従業員としての身分が保障されます。

(つづく)


 従業員評議会 ドイツの従業員評議会は経営評議会とも訳され、選出制の労働者の代表機関です。五人以上の従業員のいる企業で、経営組織法にもとづいて制度化されており、雇用者は、採用、解雇など人事にかんする事項で、従業員評議会の同意を必要とします。


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